さよならジャック・オ・ランタン

 おばけの仮装だtrick or treatだと世界がどんちゃん騒ぎの間中、部屋にこもって『蒼穹のファフナー』のドラマCDを聴いていました。いや、いいんです、ハロウィンを練り歩くのは子供たちで、大人の仕事は彼ら彼女らを楽しくもてなすために、確実におうちにいることのはずなんです。
 連休に備えて買い置きしたお菓子の類は、すべて私の腹に収まりました。おかしいなあ。お菓子だけに。あっ、そんな目で見ないで。

 閑話休題

 平時のファフナーパイロットのことをめいっぱい子供扱いしたいと考える島の大人は、自分たちがお菓子の準備を任務とするように、彼ら彼女らにも仮装で歩き回ることを義務づけてしまうかもしれない。18、19でもアルヴィスの大人用制服に袖を通すまではまだ子供でいいんだよ。命令だ、お前たち子供みたいな顔をしてなさい、というわけだ。

 「先生、イベントごとが好きなだけだって素直に言ったらどうですか」
 「こら、ばらすんじゃありません」
 「先生、《楽園》のハロウィン限定メニューが食べたいです」
 「…先生も食べたいです。一騎くんは歩かなくてよし!」

 適当か。ヤレヤレという顔で大人に付き合う子供の方が、よほど大人らしくあるだろう。実際、子供の振舞いが許される季節の終わりをすぐそこに予感している彼ら彼女ら、自分たちも、子供みたいなことができる大人に、また子供たちに子供の顔をさせてあげられるような、そんな大人になりたいものだと微笑むだろう。

 一騎さんがもっぱら誰かを食べさせる人であり、食べる姿のあまり見られないことに幾許かの寂しさを覚えるカズキストだが、彼の身動きの取れない代わりに、悪魔の角と羽を生やして男前度を上げた皆城くんが、両腕いっぱいのお菓子とともにやって来るから安心だ。アルヴィスの大人たちは彼にこそ、子供時代のやんちゃやときめきをたらふく食わせたいに違いなく、「一騎くんの分も持って行ってくれ」と都合よく押し付けられた物もあって、窮屈そうに《楽園》のドアを開く皆城くんからは、らしくなく甘い、しあわせのにおいがする。
 「散々な目にあったぞ」
 口ばっかりの不機嫌なんかお見通しだとやさしく笑うマスターのおかげで、ますます眉間に皺の寄る悪魔だ。見よう見真似でくり抜いただろう、ちょっと不恰好なかぼちゃのジャックも、「お前は相変わらず悪魔のくせに人が好いな」とカウンターの隅で笑っている。

 魂を奪いにきた悪魔をだまして、きっちり寿命まで生き延び、きっちり死んだジャックはしかし、生前の悪行のため天国に入れず、自ら望んだ契約のため地獄へ落ちることすらできず、天国と地獄の狭間で永遠に彷徨い続ける魂となってしまったそうだ。帰る場所を失い、暗い道の上で凍えるジャックを哀れみ、灯りをくれたのは他ならぬ悪魔だった。

 持ち前の律儀さでハロウィン参加前にハロウィン知識を身につけていた皆城くんと、それを聞いてほんの少し顔を曇らせる一騎さんだ。
 「せめて地獄に入れてやれよ」
 「僕に言うな」
 「今日は悪魔だろ?帰る場所もないなんて」
 そんなの寂しいだろ、とつぶやく帰り道の途中、とうに日は落ち、冷たい秋の夜風を浴びて、浮かばれぬ魂でなくともあたたかい灯火のひとつも欲しいところ。
 目的地を失った道の上のジャックを思う。それは荒野に立ち尽くすこととどう違うのか。天国と地獄の狭間は、人間とフェストゥムの地平、存在と無のせめぎあう混沌に似て、ともすれば心を消したくなるような果てしない孤独だろうか。
 「確かに、ぞっとしないな」
 居場所のあることや、帰りを待つ人の存在が心を照らすということを、知っているふたりだから今、同じ道を歩いている。帰る場所のある道の途中を。
 ランタンはいらない。
 ジャックの灯りは悪霊を退けると言われているが、一騎さんならいい霊も悪い霊もまずは招き入れて話を聞くところからはじめたがることだろう。腹を空かせているようなら、誰彼の区別なくうまい食事を。満たされた客がそれでも悪さを働くなら、そのときこそ悪魔の出番である。ジャックを地獄にすら受け入れなかったように、締め出すだけの話である。
 などという文脈を一騎さんが知るはずもないのに、
 「…まあ、機会くらいなら与えてやってもいいだろう」
 真面目くさってそれだけ言うから、なんだそれ、と笑い出す一騎さんだ。

 ハッピーハロウィン。このあと同じ部屋にでも帰れば少しはボーイズのラブっぽくなるのだろうが、私が書いたのではモエるものもモエなくなりましょうから、あとはみなさんのご想像にお任せします。

 前回の小話といい、私はどうも、実は人一倍ロマンチストな皆城くんと、そんな皆城くんの感傷に知らず火をつける天然の一騎さん、という組み合わせで、ふたり、ただ歩いているという想像を気に入っているようです。

さよならまた明日

 gooブログはてなダイアリー、少しだけFC2ブログ、再びはてなダイアリー、現在メインのツイッターと渡り歩いています。さよならばかりが人生だ。
 
 はてなダイアリーを最後に書いたのは2012年7月28日のことでした。
 「ところで今日は近所で花火大会があったのですが,4年前はあんなに恐ろしかった人ごみも大きな音も,今となっては楽しいばかりで,遠くへ来たような実のところそんなに大きな変化でもないような,なんとも複雑で懐かしい気持ちになったのでした.」
 と、これを書いたのももう4年前なわけです。どうにも実感が湧かないし、過去の自分の文章をたくさん読んでみたのですが、昔の自分なんてまるで他人のようなものね。

 それにしてもこのまよるさん、真面目である。

 もっとしっかり生きなくちゃ、と事あるごとに思いながらここまでやってきたはずなのに、昔の文章に勝てた気がしないのはなぜでしょうか。現在よりよほど生真面目でいっしょうけんめいな言葉を並べているのではないか?がっかりです。年を食って積み重なったものが老いだけだなんて寂しい話にはならないはずだから、今からでも、なんかこう、書きたく思ってはいるのですが、もちろん。しかしなんかって。なんかってなんだ。頼りないおばさんだ。

 昔の自分相手に敗北するのも、昔の自分を恥ずかしがるのも、そのとき書いたり写真を貼ったり、少ないながらも残してきたからこそできることであります。内容以前に、2005年などの文章をよくも保存していたものだと、存在自体を嬉しく思います。

星影拾遺

そうかずさんで、星を眺める二人について大人の雰囲気で語ってください。
https://shindanmaker.com/198087
また本編か…。二人とも星座とか知ってるイメージないのだが、あのまま無言でごろごろしてても、内容のない話しかしなくても、けして気まずくなったりしないんだろうなあ…。

あのかたちの星と星の繋がりはなんという星座だったろうか、本か何かで昔見たような気がするのに思い出せない。というような、ふわっふわした一騎さんの言葉と指し示したその星を律儀に覚えた皆城先輩が、だいぶあとになってから調査結果を一騎さんに教えるのだ。季節が変わり、もう見えなくなってしまったその星その星座を、またいつか探そうと言い合ったことを、こそうしくんの隣で思い出す一騎さんなのだ。

(2016/09/28)
 というあたりから派生したツイッターでの想像を、手直ししてまとめておきます。そうかずさんには伝承がよく似合う。


英雄からいちばん遠い星のお話

 たとえば高校生活最後の夏休みです。皆城先輩が調べ物をしたいと言うので、ふたり放課後、図書室へ立ち寄ります。
 暇を持て余した一騎さんが何気なく本を開くと夏の星座が描かれておりました。
 それは帰り道の宵の空に、ひときわ輝く一等星の物語でした。
 皆城先輩にとってはただ大きな星のひとつでも、一騎さんが「あれ、蠍の心臓なんだってさ」と教えてくれるのであれば、脈打つアンタレスの先に、二等星は頭と尻尾、英雄を追い詰める毒を持った針が見えます。
 それ以来、夜空を見上げるたびにあの日の星を探すことが癖になってしまった皆城先輩は、次にひとりで図書室へ行ったとき、一騎さんと同じように星座の本を紐解くと、アンタレスが実は太陽より1万倍明るく、かつ700倍大きな星であるということまで調べて、そのうちまたふたりで空を見上げることがあるなら、一騎さんにも教えよう、とひっそり楽しみにしているのでした。

 私の想像によると、皆城先輩は一騎さんよりも理屈っぽくて、小難しくて、ロマンチストです。だから、一緒に夜空を見る機会が自然と訪れるまで、お話しする機会が日中たくさんあったとしてもあえて黙っているんだよ。


一緒に竜を探すお話

 たとえば、黄昏の楽園を守る竜の星座が見られるらしい、と右手にアーカイブ、左手に一騎さんを置いて、星を探す皆城先輩のお話です。ふたりしてあれじゃないか、いやこうじゃないか、関係ないけどあの星もきれいだな、とかイチャイチャぶらぶら夏の夜を散策しているうちに、いつの間にかひとり山まで登ってしまうやつです。
 皆城先輩は知識だけはwikiって(アーカイブって)いるのだが、実物を見たことがないんだ。竜座は明るい星が少ないから、少しだけがんばらなくちゃいけない。ただこれは、メインイベントがふたりでお散歩をすることにすり替わらずを得ないやつなので、見つかっても見つからなくても大した問題ではないのだと思います。
 といっても竜座、北斗七星のしっぽを掴んでしまえばあとはそんなに難しくありませんし、竜のお腹の下には小熊と北極星が、目線の先には彼らのお姫さまだって輝いています。
 男二人で何やってんだと我に返る頃には帰り道です。しかも一騎さん、次はコーヒー持って出かけようなとか言い出すに違いないです。見つけるものは全部見つけてしまったので、何を目的に次を歩くのかが皆城先輩にはわからないのですが、「今度は何を見つけるのか」を見つけることこそ先輩の役目でしょう。ふたりで歩くなら物語はあとからついてくるよね、というお話です。


星の名前をたくさん知っている一騎さんのお話

 一騎さんの永遠は、アークトゥルスの疾走を見届けることができるかもしれないのか。
 春の夜空から三角形が消え、ついに寄り添ったアークトゥルスとスピカを見るとき、一騎さんの隣にいる総士は、無数の総士が走り続けた結果、辿り着いた総士だろう。
 一騎さんはいずれ、アルタイルとベガとデネブの名を総士に伝えるのだろうが、ならば総士は彼ら彼女らに負けないくらい美しい星の名前や星座の物語を見つけて、一騎さんにもあげて欲しい。無数の総士から受け取った語りきれないその星々を、5万年後の未来でまた、総士に伝え、総士から受け取るとき、人の世界だけではなくフェストゥムの世界にだってたくさんの物語が光り輝いていることだろう。

 それにしても、無数の総士が「いちばん美しい」と言って指差す星は、いつだってたったひとりに違いない。

繋ぎ止めるただひとつの

 咎狗の血 通常版

 この手の中にはなんでもあるし、いつだってなんにもないので、この手の中に何を残すかは自分で決めなくちゃならない。

 アキラくんは心臓が動いてるからとりあえず生きていたけれど、自分の身体ひとつじゃ退屈だったから外の世界に手を伸ばしてみた。他に何か、たとえば情熱とか言うような、特別なものがあるんじゃないかと思って、特別なところへ行ってみる。そしたら、何もないと思っていた手の中にいろいろなものが握られていた事に気がついて、しかもそいつがちっとも特別じゃない、空気くらい当たり前のフツーだったものだから、気付いた時にはもう自分の手を離れてしまった後だった。

 なんにもないって事は、なんでもあるという事だ。意識などするまでもなく、いつでも与えられているのが空気というものである。けれどそれが息をして生きているという事で、生きているって事については、私たち感謝をせずにはいられない。時々はツラいけどさ。ともかく、空気だろうがなんだろうが、自分の身体以外の何かを意識した時、その手のうちにあったりなかったりするという事、可能性っていうまったく外部の存在がすでに握られていて、握る事でしか自分の存在を確かめられない。確かめるだけでは退屈だから、もう少し強く感じられるものを探しに行ったりする。それは感謝だったりツラさだったりして、時々自分を脅かすけれど、とりあえず退屈はしないだろう。退屈があんまり長く続いてしまうと、アキラみたいな冷めきったガキがひとりできあがる。生きてるんだか死んでるんだか自分でも分かってないような、危なっかしい子供である。だから、一歩でも少しでも確からしく前進しようと思うなら、手を伸ばして、これだと思えるような、あるいは思えるかもしれない何かを傍に置いとかないといけない。

 さて、じゃあどうしようか?という話になって、アキラはもう一度ケイスケに手を伸ばした。空気みたいに当たり前で特別な誰かの事、傍に置いて、この身体に繋いで、生きてゆきたいと思う。思い続けていたい。きっとそれだけが生きていくって事だから。感謝の気持ちとかしんどい思いとか、自分とか他人とかいう世界が確かにあるのだとしたら、それはこの手を握り返すもうひとりの手のうちに。

 肌に張りついた衣服が殊更冷えを誘って不快だったが、腕を掴むシキの指はやけに熱かった。それだけがアキラを繋ぎ止めるただ1つの熱――そんな事を考えてしまうのは、心細く思えるほどの暗い闇のせいかもしれなかった。(中略)
 腕に感じる熱。
 シキは何故――この手を放さないのか。

 たぶん、君の腕や手が同じように熱いからだよ。

 アキラっていう生真面目で頑なな人が、自分の存在と相手の存在について、ただただ考えているという生真面目で頑なで誠実なおはなしだった。彼らみんな、愛だの恋だの言うより前に、自分がここにいて相手が目の前にいるって事、ただそれだけの事を確認しなくちゃ気が済まない。確かめる方法はそれぞれ違っていて、どれも愚直なほど素直なやり方なのだけど、そのやり方を尽くす事にみんな一生懸命なのがとても好きである。(2005/06/19)

 咎狗の文章が思っていたよりたくさん出てきてびっくりしています。源泉のおじさんのお話がダントツで好きでした。(2016/10/30)

幾千幾万のうちのひとつについて

 ペルソナ4

 いちおうネタバレ注意.

 もっともっと丁寧に語られるべき話ではないかなあ,というのが感想です.うっかりするとラスボスが悪者扱いで,世界からバッサリ切り取られてしまったかのように見えるのは,さすがに乱暴というか,ラスボス,かわいそうなんでないの.

 あと,前作同様「絆」という言葉がまるで引っかかってこなかったのですが,私が「絆」と言われて真っ先に思い出すのは『テイルズ オブ レジェンディア』や『葛葉ライドウ 対 超力兵団』や『九龍妖魔學園紀』なので,まあ,これは仕方がないですかねえ.『ぺルソナ4』の「かけがえのない絆」って,相手への理解が必要になるものなわけですよね.久々に『九龍妖魔學園紀』の話を持ち出しますと,たとえば葉佩と皆守にとって相互理解ほど遠いものはありません.嘘を重ね,過ちを継続することでしか守れない.そういうことだってある.でなければ真実にも辿り着けなかったりする.ちなみに九龍では《秘宝》と書いて「しんじつ」と読ませるんですが,まあ説明しないと意味わかんないよね.

 ラスボスのいざないはもちろん拒まれねばならぬでしょうが,ひとつにならずとも,むしろだからこそ繋ぐことができるのだと,誰よりも彼/彼女に手を差し伸べて欲しかった.次元の違う相手では叶わぬ望みだったかなあ.

 地上に溢れる幾多の嘘は,嘘であるという理由をもって退けられるのではなくて,彼/彼女がそのひとつひとつを無造作にまとめ上げ,全として用いたからこそ退けられねばならなかったと,そう思いたいのです.万の真実があったとしても千の嘘が消え去るわけではなく,また消えねばならぬ謂れもないと.(2008/10/21)


 ペルソナ4 ザ・ゴールデン
 …なーんて言ってたら,ラスボスさんから切り落とされたラスボスさんのかけらが,かわいいヒロインの姿でやってきました!!やったー!!(2016/10/30)

白馬あるいは浮遊輪

 九龍妖魔學園紀 通常版

 白馬に乗った王子さまは、目的地に駆けつける事だけを考えていればよい。お姫さまの本意なんざ知ったこっちゃない。リンゴを齧ってぶっ倒れた彼女が実は自殺願望の持ち主であったとしても、眠れる森の彼女が眠り続ける事こそを望んでいるのだとしても、だからどうしたと言って布団引っぺがすのが王子さまである。王子さまにはお姫さまの事なんてなんにも分からないのだ。ただ、通りすがりに一目惚れして、外野の助けてくださいコールに頷いて、なんにも知らないまま、彼女の外側の求めに応じるだけの事である。姫を目覚めさせるという物語の自明がある。王子が姫を好きだって、それだけの気持ちのうちに。

 白馬が浮遊輪とかに変わると、今度はお姫さまを好きかどうかすら問題ではなくなって、たとえ嫌いだったとしても王子さまは王子さまの仕事のためにお姫さまを叩き起こす。嫌いである場合、目的はお姫さまじゃなく、お姫さまが眠る部屋の扉を開く事であり、そのベッドの下に隠れているかもしれないお宝の方になる。ロマンもへったくれもない。でもそういうお話だから仕方がないってんで、王子さまは銃を片手にお姫さまを目指すのだ。私たちは王子さまになったような気分にこそなれるけど、王子さまも物語も私たちとはまったく関係ないところで好き勝手に動いている。感情入力という選択肢が持つ意味はそんなものでしかなくて、必ず出逢わなくちゃならないお姫さまの事を、抱きしめてあげるか、それはさておきベッドの下を漁るのか。どっちにしても姫の気持ちは二の次というのがよい。

 九龍4話。他人を遠ざけたいお姫さま♂にくっついて回る王子さまの馬鹿っぽさがたまらない。「くっつくな離れろ」と呆れられる事3回である。回数で言うと少ないものだが、なにしろ相手は皆守だ。そういうのに慣れてないだろうとか煩がるだろうとか、当たり前に浮かぶはずの皆守の性格について思いつかないのだろうか。思いついていたのだとしても理解を脇にどけている。葉佩は皆守を理解しない事、あるいは理解をどかす事に大いに積極的であり、くっつく事や、隣で盛り上がったり燃え上がったり、涙ぐんだり泣き出したりが、皆守の希望とはまったく無関係に行われる。それをやかましいと思う一方で律儀に付きあう皆守もまた、葉佩にどかされた自分の心を、仕方のないヤツだ、なんてボヤきのうちに見送ってゆくのである。葉佩の好き勝手さ馬鹿らしさには、相手の心を見通そうとするような深い踏み込みがないから、皆守は理解を得られない事でかえって楽に息ができる。「馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、お前ほんっとに馬鹿だな」「馬鹿野郎、人の気も知らないで」、王子さまなんて生き物はみんな馬鹿野郎でお気楽ですよ?苦しみをひっくり返して悲しみを支配するのは、愛より何より、つまり笑いだ。

 生徒会云々ではなく、オカマ野郎をとっ捕まえるために遺跡に降りるというのがよい。ネタかと思うような日常の応酬は、過去や事情ごと皆守の内面を横に追い出してしまう。ボケにツッコミが返る空気というのは、気兼ねない間柄の中にはじめてあり得るものであり、葉佩のやかましさや、やっちーの無理矢理や、茂美ちゃんの高笑いの中にこそ皆守のツッコミが許されていて、過去も秘密も遠いところで皆守の今が許されている。眠る以前のお姫さまがどんなお姫さまだったかなんて、知る必要はまったくない。通りすがりに好きなったり嫌いになったりするだけだ。なんにしろ姫は起きて、起きぬけざまに「お前は馬鹿か」とツッコミを飛ばすのだが、それが物語の筋ってもので、しあわせなんじゃないですか。(2005/06/04)

吊り橋の上の恋

 パティシエなにゃんこ ~初恋はいちご味~ 通常版

 恋愛、兄妹愛、親子愛を交えながら、けれどその愛情の確かさは、ひよこ館という場こそが生み出すもののように思えます。彼ら彼女らの気持ちは、お客さんと、ホールメンバーと、働くという事と、ひよこ館を巡る様々にあたたかく見守られながら、少しずつ少しずつ、全く無理のないかたちで育まれていく。あちらへこちらへと注がれる全てのまなざしが優しくて、ひどく安心して見ていられます。出来上がったばかりのケーキを前にして、「見てるだけじゃ可哀相だろ」なんてセリフが、なんでもない事のようにスッと出てくるんです。都合の良い展開はそれとして、あらゆる場面の真摯さや誠実さにおいて見るべき話だと思います。

 さて、クリスマスの準備に入ったので、みちるさんシナリオも中盤にさしかかったところですが、いつも笑顔のひよこ館スタッフの中で、彼女はなかなか笑ってくれない人でした。翔一くんの奮闘は彼女と仲良くなる事と、厨房に立つ事を目標になされますが、最近は大分――というか、かなり、翔一くんの望み以上に報われてきたようです(つまり恋だ)。ケーキ作らして、って言ったら「ダメなんて言ってないですよ」だってさ。えぇ~。みちるさん、クールな人のようでいて、実はそう見えるだけの不器用さんだったようです。そうと分かれば無茶苦茶かわいいのがお約束。まぁ、それだけならかなり始めのうちからバレバレでしたが、要は翔一くんとの距離の問題です。大事件など起こりゃしませんが、小さな事件の積み重ねで、毎日毎日、全く自然に近付いていく様子が大変微笑ましく、時々は微笑みを通り越して笑いながら見てました。みちるさんもそうですが、翔一くんがまた可愛いんだ。静かに跳ね除けられては体当たり、穏やかに躱されては体当たりです。文字通りぶつかっちゃったりしてさ。ラブコメ

 「吊り橋の上の恋」というヤツが思い出されるのだけれど、ひとりで仕事に没頭していたり深刻そうにしたりしているみちるさんを、翔一くんがしょっちゅう驚かせているからみたい。言葉通り、不意打ちで声をかけてしまう事などは日常茶飯事で、二人には更に、ドッキリするような偶然の出来事がぽつぽつと起こります。着替え中のみちるさんをうっかり発見しちゃったり。ドッキリ。しかも3回ですよ。下着の色だって3回とも違うし!
 不器用さんでマジメなみちるさんですが、不器用だからこそ、突然の事や飾らない直球の言動には対処しきれなくて、店中に響くような大声で「うわああああん」って泣いちゃったり、しどろもどろにしか答えれなかったり、そこへ翔一くんが必死こいて助けに向かったり、大変な事があれば大丈夫ですよって、ひとしきりからかった後で冗談ですよって笑って、謝ったり許したり、助けたり助けられたり。本人たちはそれなりに懸命なのだけど、じゃれ合ってるようにしか見えません。吊り橋も一度だけならドッキリですが、吊り橋の次にまた吊り橋、吊り橋、吊り橋と一緒に渡ってゆけるなら、あたふたしていた相手の手はいつの間にか彼を、彼女を抱きしめているし、ドッキリはドキドキに変わるってもんです。ひとりとひとりだった彼と彼女は、そうしてふたりになっていきます。ラブコメのうちに行われる距離の縮りが、大慌てしながら、でもとても丁寧に描かれていて、可愛らしい。翔一くんが純朴な人である事は前にやったかなでシナリオで知っていましたが、唯一お姉さんであるみちるさんもまた非常に純情な人で、この二人であるからこそ、なんとも「らしい」シナリオ展開に思えます。みちるさんには何か深刻な事があるらしいのだけれど、大丈夫、ちょっとずつ一緒に頑張っていけばいい。それが似合う。

 みちるさんがたまに聞かせてくれる笑い声に、翔一くんが「おお…」って反応する、私も一緒になって「やった」って思う、えらく素朴なそんなしあわせが、このゲームの持ち味だと思います。
 一気に進めるのが非常に勿体ないです。私もちょっとづつ先へゆこうと思います。(2005/05/14)

人魚は海にかえらない

 ときめきメモリアル ガールズサイド 2nd Kiss(通常版)

 確か一度もまともに書いていない若王子先生について書くです.運動部絡みの会話が全部素敵だったのと,人魚の物語を充分に生かした唯一のシナリオということで,飽きもせずにそこそこやり込んだ.面白かったです.葉月シナリオのストーリーテリングを正しく受け継いでおり,佐伯はアレなのになんであんたが,と初クリア時は戸惑わされたものだった.名前といい,もうひとりのポスト葉月という扱いなんだろうか.まあとにかく良くできていると思う.

 デートの誘いをするために主人公を探してまわり,そのたびに「見つけました」と声をかける.デート先ではしょっちゅう浮世離れしたことを口にして,この人はどこか違う世界の人間なのではないかしら,と主人公をいつも不安にさせる.追加デートでもそう.イベントでも大体そう.だから主人公は,先生の隣にいながらいつも先生を探している.目を離した隙にどこかへ行ってしまいそうな,そんな気がして仕方がない.
 実際,主人公の勘は当たっており,先生にとって学校すなわち先生であるところの自分は一時の夢かもしれず,町はまるでおとぎの国のようである.しっかりと足をつけて立っていたいが,やはりこれは夢物語でしかなくて,いつかまた別の場所へうつろうか,あるいは結局生まれた世界に帰ってゆくのかもしれない,穏やかな顔の裏側でそんなことを考えている.

「信じられますか?この海を真っ直ぐ進んでいくと、アメリカです。先生が青春時代を送った国です。といっても、ずっと研究施設の中ですけど。でも、君とこうしてると、まるで別の世界の話みたいだ。君が僕を、この世界につなぎとめてくれる」

 人魚はもともと海に生きるものだから,帰ろうと思えばいつでも帰れる.しかし人魚を望む者は陸にも海にもたくさんいて,先生はたぶん先生自身が思っているよりずっと立派な先生だし,生徒たちの先生を慕う気持ちも掛け値なしに本物だ.一方で3年間,先生を探し続けたという研究所の人間からも充分本気がうかがえる.人魚はどちらを選ぶこともできて,これという決定打はただ人魚の意志である.だからこそ,ふたりはいつも揺れている.

 ずっと傍にいたいなら,先生は選ばねばならず,主人公は彼を繋ぎとめなくてはならない.だがそれで主人公に何ができるのかといえば,居られる限り傍に居続けるということくらいである.だって相手は海の向こうの良く分からない研究所だ.しかも先生はそこで人並みのものをずいぶん失ってきたと見えるのだ.いち女子高生にしてみれば異世界もいいところである.太刀打ちしようったって何ができるはずもなく,どんなに不安でも傍にいることしかできない.探し続けることしかできない.

 けれど,幸いにしてそれこそが先生が欲していたものだった.

 「君と出会って全てが変わり始めた。君がいろんなことを教えてくれたから」

 「わたしが若王子先生に?」

 「そう。春になれば、僕にも君と同じように暖かい風が吹いて、夏には、一緒に汗をかいた。落ち葉の並木道を歩けば気持ちのいい音がするし、冬には、寄り添う人の温かさを知った。そして何より、僕が人である以上、人を愛おしく思わずにはいられないということ。そんな当たり前のことを知って、僕の人生もそう悪く無いと思えるようになったんだ」

 「若王子先生」

 「君は僕よりもずいぶん歳下だし、だいいち生徒なのに、僕の人生を意味のあるものにしてくれた。僕はここに居るよ。もうどこにも逃げたりしない。かけがえのない人を、見つけたから」

 主人公は特別なことは何もできなかったが,特殊な環境に身を置き続けたせいでいろいろな物事が分からなかったり,麻痺しがちであった先生にとって,主人公の「特別でなさ」はむしろ何よりも特別で,大切なことだったのだろう.

 ところで人魚の物語といえばもうひとつ,「娘の穏やかな海のような瞳は言葉より多くのことを語っているようでした」,このくだりを拾ってくれたの若ちゃんだけじゃなかったかな.

 「“人間は”なんて偉そうなことを言ったけど、じゃあ、自分は人間なんだろうかって。本当は僕自身、恋をしたことがあるかどうか自信が無い。だから、これからはちゃんと恋愛をしようと思う」

 「若王子先生……それは、相手が見つかったっていうことですか?」

 「そうだよ」

 「あの、もしかして、それって……」

 「どうでしょう?先生の瞳を見ればわかるかもしれません」

 「……若王子先生。じゃあ、目を開けてください」

 「ダメです」

 「もう、若王子先生!」

 「ハハハ!」

「好意を持った異性を見るとき、人は普段よりも瞳孔が開きます。相手がキラキラ輝いて見えるワケです」,まあなんの変哲もない追加デートでの会話なのが微妙っちゃ微妙ですが,上手い具合に持ってきてくれたよね.OP曲とリンクしてるのがまた上手い.「波の泡に溶けた今が君と出逢いキラキラになる」.「キラキラ」は確か遊覧船でのデートと,期末テストで上位に入ったときにも主人公をさして言っていたか.他にもあった気がするけど覚えてないや.デートに誘うときのお決まりの第一声「見つけました」といい,謎めいた描写のバラ捲きっぷりといい,それを受けた主人公がしっかり不安がってくれる点といい,葉月シナリオを根幹から支えていた反復の効力を,若ちゃん担当の方は分かってやってるんだと思う.

 そして,なにより,いいお話でした.(2010/02/16)