人魚は海にかえらない

 ときめきメモリアル ガールズサイド 2nd Kiss(通常版)

 確か一度もまともに書いていない若王子先生について書くです.運動部絡みの会話が全部素敵だったのと,人魚の物語を充分に生かした唯一のシナリオということで,飽きもせずにそこそこやり込んだ.面白かったです.葉月シナリオのストーリーテリングを正しく受け継いでおり,佐伯はアレなのになんであんたが,と初クリア時は戸惑わされたものだった.名前といい,もうひとりのポスト葉月という扱いなんだろうか.まあとにかく良くできていると思う.

 デートの誘いをするために主人公を探してまわり,そのたびに「見つけました」と声をかける.デート先ではしょっちゅう浮世離れしたことを口にして,この人はどこか違う世界の人間なのではないかしら,と主人公をいつも不安にさせる.追加デートでもそう.イベントでも大体そう.だから主人公は,先生の隣にいながらいつも先生を探している.目を離した隙にどこかへ行ってしまいそうな,そんな気がして仕方がない.
 実際,主人公の勘は当たっており,先生にとって学校すなわち先生であるところの自分は一時の夢かもしれず,町はまるでおとぎの国のようである.しっかりと足をつけて立っていたいが,やはりこれは夢物語でしかなくて,いつかまた別の場所へうつろうか,あるいは結局生まれた世界に帰ってゆくのかもしれない,穏やかな顔の裏側でそんなことを考えている.

「信じられますか?この海を真っ直ぐ進んでいくと、アメリカです。先生が青春時代を送った国です。といっても、ずっと研究施設の中ですけど。でも、君とこうしてると、まるで別の世界の話みたいだ。君が僕を、この世界につなぎとめてくれる」

 人魚はもともと海に生きるものだから,帰ろうと思えばいつでも帰れる.しかし人魚を望む者は陸にも海にもたくさんいて,先生はたぶん先生自身が思っているよりずっと立派な先生だし,生徒たちの先生を慕う気持ちも掛け値なしに本物だ.一方で3年間,先生を探し続けたという研究所の人間からも充分本気がうかがえる.人魚はどちらを選ぶこともできて,これという決定打はただ人魚の意志である.だからこそ,ふたりはいつも揺れている.

 ずっと傍にいたいなら,先生は選ばねばならず,主人公は彼を繋ぎとめなくてはならない.だがそれで主人公に何ができるのかといえば,居られる限り傍に居続けるということくらいである.だって相手は海の向こうの良く分からない研究所だ.しかも先生はそこで人並みのものをずいぶん失ってきたと見えるのだ.いち女子高生にしてみれば異世界もいいところである.太刀打ちしようったって何ができるはずもなく,どんなに不安でも傍にいることしかできない.探し続けることしかできない.

 けれど,幸いにしてそれこそが先生が欲していたものだった.

 「君と出会って全てが変わり始めた。君がいろんなことを教えてくれたから」

 「わたしが若王子先生に?」

 「そう。春になれば、僕にも君と同じように暖かい風が吹いて、夏には、一緒に汗をかいた。落ち葉の並木道を歩けば気持ちのいい音がするし、冬には、寄り添う人の温かさを知った。そして何より、僕が人である以上、人を愛おしく思わずにはいられないということ。そんな当たり前のことを知って、僕の人生もそう悪く無いと思えるようになったんだ」

 「若王子先生」

 「君は僕よりもずいぶん歳下だし、だいいち生徒なのに、僕の人生を意味のあるものにしてくれた。僕はここに居るよ。もうどこにも逃げたりしない。かけがえのない人を、見つけたから」

 主人公は特別なことは何もできなかったが,特殊な環境に身を置き続けたせいでいろいろな物事が分からなかったり,麻痺しがちであった先生にとって,主人公の「特別でなさ」はむしろ何よりも特別で,大切なことだったのだろう.

 ところで人魚の物語といえばもうひとつ,「娘の穏やかな海のような瞳は言葉より多くのことを語っているようでした」,このくだりを拾ってくれたの若ちゃんだけじゃなかったかな.

 「“人間は”なんて偉そうなことを言ったけど、じゃあ、自分は人間なんだろうかって。本当は僕自身、恋をしたことがあるかどうか自信が無い。だから、これからはちゃんと恋愛をしようと思う」

 「若王子先生……それは、相手が見つかったっていうことですか?」

 「そうだよ」

 「あの、もしかして、それって……」

 「どうでしょう?先生の瞳を見ればわかるかもしれません」

 「……若王子先生。じゃあ、目を開けてください」

 「ダメです」

 「もう、若王子先生!」

 「ハハハ!」

「好意を持った異性を見るとき、人は普段よりも瞳孔が開きます。相手がキラキラ輝いて見えるワケです」,まあなんの変哲もない追加デートでの会話なのが微妙っちゃ微妙ですが,上手い具合に持ってきてくれたよね.OP曲とリンクしてるのがまた上手い.「波の泡に溶けた今が君と出逢いキラキラになる」.「キラキラ」は確か遊覧船でのデートと,期末テストで上位に入ったときにも主人公をさして言っていたか.他にもあった気がするけど覚えてないや.デートに誘うときのお決まりの第一声「見つけました」といい,謎めいた描写のバラ捲きっぷりといい,それを受けた主人公がしっかり不安がってくれる点といい,葉月シナリオを根幹から支えていた反復の効力を,若ちゃん担当の方は分かってやってるんだと思う.

 そして,なにより,いいお話でした.(2010/02/16)