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繋ぎ止めるただひとつの

ゲーム

 咎狗の血 通常版

 この手の中にはなんでもあるし、いつだってなんにもないので、この手の中に何を残すかは自分で決めなくちゃならない。

 アキラくんは心臓が動いてるからとりあえず生きていたけれど、自分の身体ひとつじゃ退屈だったから外の世界に手を伸ばしてみた。他に何か、たとえば情熱とか言うような、特別なものがあるんじゃないかと思って、特別なところへ行ってみる。そしたら、何もないと思っていた手の中にいろいろなものが握られていた事に気がついて、しかもそいつがちっとも特別じゃない、空気くらい当たり前のフツーだったものだから、気付いた時にはもう自分の手を離れてしまった後だった。

 なんにもないって事は、なんでもあるという事だ。意識などするまでもなく、いつでも与えられているのが空気というものである。けれどそれが息をして生きているという事で、生きているって事については、私たち感謝をせずにはいられない。時々はツラいけどさ。ともかく、空気だろうがなんだろうが、自分の身体以外の何かを意識した時、その手のうちにあったりなかったりするという事、可能性っていうまったく外部の存在がすでに握られていて、握る事でしか自分の存在を確かめられない。確かめるだけでは退屈だから、もう少し強く感じられるものを探しに行ったりする。それは感謝だったりツラさだったりして、時々自分を脅かすけれど、とりあえず退屈はしないだろう。退屈があんまり長く続いてしまうと、アキラみたいな冷めきったガキがひとりできあがる。生きてるんだか死んでるんだか自分でも分かってないような、危なっかしい子供である。だから、一歩でも少しでも確からしく前進しようと思うなら、手を伸ばして、これだと思えるような、あるいは思えるかもしれない何かを傍に置いとかないといけない。

 さて、じゃあどうしようか?という話になって、アキラはもう一度ケイスケに手を伸ばした。空気みたいに当たり前で特別な誰かの事、傍に置いて、この身体に繋いで、生きてゆきたいと思う。思い続けていたい。きっとそれだけが生きていくって事だから。感謝の気持ちとかしんどい思いとか、自分とか他人とかいう世界が確かにあるのだとしたら、それはこの手を握り返すもうひとりの手のうちに。

 肌に張りついた衣服が殊更冷えを誘って不快だったが、腕を掴むシキの指はやけに熱かった。それだけがアキラを繋ぎ止めるただ1つの熱――そんな事を考えてしまうのは、心細く思えるほどの暗い闇のせいかもしれなかった。(中略)
 腕に感じる熱。
 シキは何故――この手を放さないのか。

 たぶん、君の腕や手が同じように熱いからだよ。

 アキラっていう生真面目で頑なな人が、自分の存在と相手の存在について、ただただ考えているという生真面目で頑なで誠実なおはなしだった。彼らみんな、愛だの恋だの言うより前に、自分がここにいて相手が目の前にいるって事、ただそれだけの事を確認しなくちゃ気が済まない。確かめる方法はそれぞれ違っていて、どれも愚直なほど素直なやり方なのだけど、そのやり方を尽くす事にみんな一生懸命なのがとても好きである。(2005/06/19)

 咎狗の文章が思っていたよりたくさん出てきてびっくりしています。源泉のおじさんのお話がダントツで好きでした。(2016/10/30)